唐人墓
石垣島は、そのすばらしい自然、海、そしてサンゴ礁で有名ですが、沖縄以外に住む日本人が知らない歴史的建造物「唐人墓」があります。
石垣島の南西にある観音崎に、極彩色の中国風の屋根飾りが目を引く建物がありますが、これが「唐人墓(とうじんばか)」です。
19世紀中ごろ、中国からアメリカへ向かう商船バウン号内で、船員たちの非情な仕打ち(辮髪を切られたり、病人を海中に投棄されるなど)に耐えかねた中国人労働者(苦力・クーリー)達が、船内で暴動を起こし、船は石垣島沖で座礁し、380人もの人々が石垣島に上陸しました。石垣島の人たちは、仮小屋を建てて、彼らに住まいを提供しましたが、米国や英国の海軍が島に攻撃を加え、上陸して厳しい捜索を行いました。中国人労働者、クーリーたちは山中に逃亡しましたが、百名以上が銃殺され、逮捕され、自殺者、病没者が出ましたが、石垣島の人たちは、中国人労働者に深く同情し、密かに食料や水を運び中国人側の被害を少なくするように配慮しました。しかし、殆どの中国人労働者が命を失いました。そして、石垣島の人たちが、異国の地で果てた彼らを手厚く葬り、慰めようと作られたのが、この「唐人墓」の始まりです。
現在の唐人墓は、1971年、周辺にいくつもあった唐人墓の遺骨をまとめて作られたものです。石垣島には、他にも悲しい歴史的背景がありますが、この「唐人墓」も、きらびやかな外観の影に、悲しい歴史を秘めている歴史的建造物なのです。
