琉球王国
琉球王国は、12世紀から17世紀にかけて栄えた海洋国家です。17世紀に薩摩藩の勢力下に入りましたが、対外的には独立国家として行動し、明治維新を向かえ、ひとつの県として、完全に日本に組み込まれたのです。そして、琉球は、非常に複雑な歴史を経て現在に至っています。「琉球」が処分された時に、琉球王国が滅亡し、日本の領土であるということを明確化するために「沖縄」という県名に改められました。
中国では昔から、沖縄を「大琉球」と呼び、台湾を「小琉球」と呼んでいました。そのため、史書などの記録では、両者が混同されています。鑑真の伝記『唐大和上東征伝』には、「阿児奈波」という名称が出てきますが、これがおそらく沖縄という言葉の初出だと言われます。沖縄の人々は、「ウチナー」という言葉を用います。これは、「オキナワ」の転訛です。主として沖縄本島のことを指すのだそうです。
琉球というと、琉球舞踊を見てみたいと思う人もいると思います。現在私たちが見ることが出来る琉球舞踊は、古典舞踊・雑踊り、民族舞踊、創作舞踊になります。その中でも、古典舞踊は、宮廷舞踊とも呼ばれ、首里王府によって庇護・熟成されました。芸能を外交政策の重要な柱とした王府は、踊手を全て士族のエリート男性としました。そして、「踊奉行」を置き、歓待芸として「宮廷舞踊」をより発展させ、洗練させたのです。
廃藩置県の後、禄を失った役人舞踊家たちが芝居小屋で役者として、庶民の生活や想いをテーマに革新的な舞踊を作り上げました。これが「雑踊り」です。民族舞踊は、琉球の島々や各地に受け継がれており、今も祭祀舞踊としての趣を色濃く残しています。戦後、舞踊家たちによって、古代からの舞踊の伝統の要素を取り入れつつ、現代に生きる私たちの姿を映し出す創作舞踊も発展し続けており、経済的に豊かになった今日、精神活動の充実やアイデンティティを確かめるものとして、琉球舞踊を含めた芸能は存在していますが、舞踊公演や地域の村踊り、伝統行事の中で踊られる琉球舞踊の系統発生的な流れが一望できるところに、沖縄芸能の素晴らしさを感じることができると思います。
石垣島を訪れた際は、是非、琉球舞踊をご堪能ください。
