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戦争マラリア

昭和20年、沖縄本島で悲惨な沖縄戦が戦われていた頃、那覇から450キロも離れた八重山諸島では、「もう一つの沖縄戦」と言われる「戦争マラリヤ事件」で、4千人に近い人たちがなくなりました。八重山諸島では、上陸戦は行われませんでしたが、空襲や艦砲射撃による攻撃は避けられず、一部の地域で住民にたいして、軍命令の強制的な疎開が行われました。このときの疎開先が、マラリアの発生する地域でした。

八重山諸島では、古くからマラリアが発生する地が幾つかありました。戦争マラリア事件とは、第二次世界大戦時に沖縄に強制疎開させられた一般住民がマラリアに罹患したことを言います。石垣島と同様、八重山諸島にある波照間島では、集団罹患が発生したことが知られています。

歴史的にも、琉球王国時代から、強制移住が行われるたびにマラリアが発生し、多くの人々が亡くなってしまうということが繰り返されてきました。

沖縄戦といえば、沖縄本島の住民自決や殺害などの悲劇イメージが強いですが、八重山での沖縄戦の悲劇は戦争マラリアだったのです。マラリアとは、蚊が人の血を吸うときに、蚊の体内にいたマラリア原虫が人体へ入って起こる病気で、発病すると周期的な熱発・貧血・脾臓の腫れを起こし、臓器で合併症を併発してショック死するという病気です。マラリアにかかると、激しい高熱のために暴れる人は柱にくくりつけられて死ぬのを待ったそうです。そうでもしないと海に落ちて死んでしまうからです。薬もなく、食料も不足していた時代ですが、治るかもしれないという希望もあり、海に落ちて行方知らずになってしまうよりはと、柱に縛り付けておいたほうが延命できると考えられたのでしょう。朝になると、何人かの人が亡くなっており、お葬式のない日はなかったといいます。

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